幸せへの階段!

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第37話 通院、そして。

うつという病気は、私の心の傷につけられた名前でした。
ただ、一時的なものだということでした。

民間の病院に入っていたとき、同じくうつを克服した看護師の方がいらっしゃいました。
そして、私の病気の原因も話しました。
バツイチの看護師さんもいらしゃいました。私と私の子供がかわいそうだと一緒に泣いてくれました。

いろいろとアドバイスをもらいました。あそこでの縁は、二度と忘れることの出来ないものでした。

一向に晴れない不安・・・。ずっしりと圧し掛かってくる不安。それが午前中は非常に重く、午後には少し軽くなっていました。
薬も睡眠薬なしには眠れませんでした。隠れて、他の病院で処方された安定剤を飲んでいました。

底知れぬ不安も、晴れない空がないように時間とともに晴れていくようにも思われました。
しかし、振り子のように良くなったり、悪くなったりを繰り返していました。

お見舞いに来ていただいた上司に、事のすべてを打ち明けました。

「うつか?」上司はすべてわかっていました。そして、理解してくれました。私の心はそれだけで少し軽くなっていました。

二度目のお見舞いのとき、一枚の色紙をいただきました。
その言葉の重さ、優しさに涙があふれて止まりませんでした。

そして、私は決意したのです。戦うことを・・・。

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第36話 うつとの戦い。

私は、胃潰瘍で倒れて、救急車で運ばれました。
そのときの主治医は眠れないということで、強力な薬を私に投与してくれました。
そして、何日か過ぎたころ心療内科も受けてみるべきだといってくださいました。

そして、その病院の心療内科に受診することにしたのです。

車椅子で受診室に運ばれ、物事を穏やかに話してくれるやさしい先生でした。
そこですべてを話し、アドバイスをもらいましたが、薬の処方など一切ありませんでした。
そこで診断されたのは、私が「うつ病」にかかっていること。心の病が根底だということでした。

うつ病・・・それは、心の風邪ともよばれ、誰でもかかる病気であり、重い軽いの差はあれど、季節の変わり目であるとか、冬の季節であるとかそういった環境の変化に心はついていけず拒絶反応を示しているのだということでした。

心の中でいろんなことを考え、どす黒い不安が渦巻き、先の見えないまま心が真っ黒になっていったのを覚えています。

うつ、これは、心の弱さではない。れっきとした科学的にも証明された病気です。脳の情報伝達物質が生成されず、阻害され、心身にも影響を及ぼす病気です。

その引き金が、元嫁の度重なる不貞であり、嘘ばかりついているいった行動、最後の「離婚してでも親を看る」といった発言でした。私に非がないとはいいませんが、相手親の対応、行動を見るにつけ、最近はこの親にしてこの子あり、カエルの子はカエルなんだと思えるようになって来ました。可哀想な人たちです。自分たちの世界以外は否定していいるろくなもんじゃない人たちでした。

私は、精神的に対応しきれず、うつを発祥し、それがストレスとなって一気に胃にあなが3つも開いてしまいました。内臓を手で握られ、えぐられる様な痛みとなって現れました。

これから、離婚問題とともに、うつと戦いも幕が上がったのでした。

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第35話 民事再生という選択

私がとった道、民事再生と言う方法。私は家を手放さなくても返済する能力はありました。
しかし、敢えて民事再生という方法をとりました。多くの人に迷惑をかけると覚悟も決めました。

民事再生とは、ほとんど知ってる人はあまりいないかもしれません。大抵が会社が倒産するのを防ぐ目的で設けられた法律を個人にまで拡大したものなのです。自己破産と違うのは、再生するためには債権の一部を支払わなければならないということ、破産者にならないということ。自己破産と民事再生では、できる出来ないがはっきりしてきます。大抵の人は自己破産すれば、債権ゼロで公民権停止とかですが、民事再生はそこまではないのです。ある程度責任を持つわけですから。自己破産は、返済能力がないことが条件です。民事再生は、一定の所得を継続して得ることが出来る人間にしかできない制度です。わたしは後者でした。さらに民事再生には個人事業者などの個人民事再生、サラリーマンなどの給与所得者民事再生の2つがあります。

さらに民事再生するためには、ある一定の条件をクリアせねばなりません。債務者の同意や再生計画の承認、裁判所の認可などです。
そして、民事再生計画の策定には、債権の5分の1の金額、資産の総額、2年間分の所得から導き出されたか所得のいずれかの一番大きい額です。
私の場合は、「か所得」による給与所得者民事再生でした。この場合、債権者の同意は必要ありません。裁判所が許可するかしないかということだけです。それを確認するには、司法書士の管理の下、一定の額を積み立ててその様子を裁判所に報告するというものです。再生者の誠意と能力をみるのです。

私は、返済能力があるにもかかわらず連帯債務者である元嫁への復讐心と、無責任さへの抵抗から民事再生の道を選びました。ある程度所得のあるわたしですが、裁判所は再生決定を下していただきました。ただし、ある一定の期間、裁判所の提示する金額を司法書士へ託さなければなりません。月収の半分程度です。しかし、返済額からすれば減少していることは明白です。
ただ、ローンが組めないなどのブラックリスターとなり、行動が制限されるのは致し方ないものです。
多くの人に迷惑をかけてしまいました。債務者の方へは、実際に赴いて事の経緯を話して、ご理解を頂いたり、逆に励まされたりとさまざまありました。私の職場の人事担当部署へも債務者からの取調べ的なこともありました。人事の担当者の方には、本当に迷惑をかけています。

ただ、ここを読んでいる方にご理解してもらいたいのは、自分の責務を理解せず、ただのうのうと暮らしている元嫁一族の身勝手、非常識、無責任に端を発していること。離婚の原因となったのもそれが大きなことです。反対された結婚であったことも理解しています。しかし、煮ても焼いても食えない人間というのは存在し、しかも類は友を呼ぶでそれが群れを成しているということ。元嫁の親戚のチンピラ土建業社長などは任侠者気取りで仲介に入ったつもりで中立と言ってはいましたが、まぁ、親戚の肩を持つのはとうぜんですけど、私の真実の言葉は、言い訳としかとりませんでした。同業者からも煙たがられ、警察からは暴力団周辺者として認知されている人物でもあります。

私はこれからのことで、私の代理人以外の人間への接触はしませんし、させません。うちに電話してきても、実家に電話してきても、代理人を通すようにというだけです。

極最近、家の残っている固定資産税の関係で相手の実家に電話しました。固定資産税の負担分を支払わなければ、養育費をとめると。対応したうましか母親は、逆ギレして私を罵ってきました。チンピラ社長へも連絡したようです。そっちからも電話あったし、職場へも電話してきたようです。わたしは、警察へ行きました。事の次第をすべて話し、これ以上のことがあれば警察を介入させると。
後日、文章にして相手に送りつけるつもりです。

あと少し、あと少しで完全に相手との縁が切れます。その日が待ちどうしい。早くあんな連中を相手にしたくないというのが本音です。というか、あんなくそむしどもがのうのうと生きているだけで反吐が出ます。

私は、私を理解し、私の正義に共感してくるれるひとを多く得ました。それが私の最大の財産であり、勇気になります。

このブログもあと少しで終わるつもりです。すべて事がすめば、生まれ変わって生きていける気がします。願わくば、私を理解し、支え寄り添ってくれる人が現れる事を祈るのみです。

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第34話 刺し違える方法

離婚を決意してから、相手のやり方考え方に怒りというより憎悪を感じていました。
とるものだけとって、借金は他人に被せて逃げる。このやり方に好意を持つ人はいるでしょうか?
その他人が元夫で恩も愛情もあった人間であったらどうでしょう?

あなたならでますか?私の元嫁は平然とやってきました。人間ではありません。ただの犬畜生です。人間と一緒に生活している、空気を吸っているだけで反吐が出ます。

私は私の人を見る目のなさとやつらの非常性を憎みました。
そして、何か一太刀浴びせる方法はないかと考えました。最初は子供のため、我慢するところはどんなことがあっても我慢しようと思いましたが、元嫁は、浮気相手とよろしくやっているようでした。人間として最低の行為を平然としていたのです。しかも諌めるものもいない家庭環境、終わってるとしか言えません。呆れてものが言えません。

人間我慢の限界が来ると急に頭の中がクリアになります。ふっと思い出したことがありました。住宅ローンの大部分は共同名義だと言うことです。
ならば・・・。私の知識はほぼ行政書士と同等です。

やることはひとつ。私の借金を無に近づけること。そして残りを相手に押し付けることでした。そのためには自己破産しかないと。

私が破産すれば、連帯債務者の元嫁に債務は行きます。法的に逃れることは出来ません。相手も最悪自己破産しか手段はありません。それは同等のリスクを背負うことです。
私は、悩みました。ローンを払っていくことは可能です。娘の生まれ育った家がなくなってしまうのは悲しい。しかし、あいつらはそんなことお構いなしです。人間ではないのですから。

だから、私も非常に徹しました。私には娘はいない。そう言い聞かせました。心の奥底に封印しました。

そして、私だけがダメージを受けない。絶対刺し違えると誓ったのでした。
それを入院中に決意したのです。胃の痛みとうつの症状に耐えながらも、あいつらのへらへらした人をあざ笑うような顔が頭に浮かぶたびに憎悪に油を注ぎ、意を決していました。家族にも相談しました。

そして、良くして頂いたkさんとも相談し、外出をもらって自己破産などの本を大量に買っては読み、準備を進めてきました。有能な司法書士さんにも出会い、外出許可をもらっては相談に行き、元嫁との調停裁判もこなしていきました。

ただ、私には資産がありすぎるし、職業柄収入も安定し高額なため自己破産が出来ないという事実に突き当たったのです。
なんとしても一太刀を。この一念は新たな道を開いてくれたのです。

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第33話 少し前の話、

話を少し遡ります。

私は、胃に穴が開いてぶっ倒れました。胃潰瘍です。
そして入院、10日間の絶食。県立病院から民間の病院への転院。

そのころの話です。私はうつ病も発祥していました。午前中は不安で不安でたまらなく、夜になると安心感が出てきます。典型的なうつ症状です。
その時、入院していた病院で、同じくうつを克服した看護師さんが良くアドバイスを頂いてました。話を聞いてくれた。涙してくれた看護師さんもいらっしゃいました。今でもその病院の前を通るときは感謝の気持ちでいっぱいになります。

そんな時、私は決意しました。完全無視を続ける元嫁一族と刺し違えるための手段を。

それは、自己破産もしくは民事再生をすることでした。司法書士の先生にもその時出会いました。良くしてくれるKさんの紹介でした。外出許可をもらって会いに行きました。すべてを話しました。
そして、私の執るべき道を示してくれました。

自己破産は資産がありすぎて出来ない。民事再生がベストだと。
仕事上、民事再生はリスクがありすぎでした。でも、私はあいつらが許せない。私が傷つくことで相手にもダメージを与えられる。
刺し違えるならそれも本望。そんな気持ちでした。

それから必要な書類をそろえ、上司に理解を求め、民事再生に踏み切りました。

あいつらがあんな行動に出るとは予測もせずに・・・

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