幸せへの階段!

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第3話 何もできないやつら

私に怒りは頂点でした。
しかし、法事の最中に怒鳴り散らすこともできず、時と場合はわきまえているつもりでした。

 法事も一通り終わりましたが、ここからが、あちらの非常識が始まりました。まずは、香典の管理を私に一任していたにもかかわらず、私に一言もなく鍵を取り上げると親戚だけで香典の勘定を始めていきました。そして、いくら頂いたかも教えていただけずに、また、先方に不幸があったときにどの程度お返しすべきかを記録するための開帳にも記録をしていませんでした。
 させることだけさせたら、あとは知らん振り、私はここで気付くべきでした。こいつらは、恩という言葉を知らないのだということを・・・。
 そして、喪中にもかかわらず新しくできたアイスクリーム屋に行こうとか外食に行くとかも中途は思えない行動ばかりをはじめたのでした・・・。

私は、そんなやつらの行動にあきれ、仕事もあったので一度自分の家に帰ったのでした・・・。今思えば、こんなやつらとは一瞬たりとも一緒に居たくなかったのかもしれません。

そして、帰宅中にもう後戻りはできない事態がおこってしまったのです。

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第2話 ストレスの方向が変わってゆく・・・

 訃報は、通勤途中にあったのですが、どうしても外せない仕事が午前中あったので、その段取りをして上司に許しをもらって病院へ直行しました。他の人たちは家の片付けに帰っていました。

 何もわからないから・・・との一言で自分がお寺や宗教を調べたり葬儀屋さん、お坊さんと打ち合わせ。今後のことを考えて、家に近い同宗派のお寺を探し、通夜の段取りもしました。借家だけど住んでたとこだから一晩はということで、枕行も必要。それも打ち合わせしました。

 そして、元嫁の家に行ってみると連絡しておいた私の家族が勢ぞろいして手伝いをしていました。元義兄弟の家族はおろか親戚すら手伝いに来ていない状況だったのです。

 一通り仮通夜の準備もできていたとき、また、嫁が喫煙して証拠を見つけてしまいました。きつくいいましたが、また、私にうそを言ってごまかそうとしていました。とりあえずことがことの最中ですのでなにも言わずにいました。さらに、前に不倫していた男との連絡した後も発見・・・私のストレスは次第に違う方向へと向かい始めていたのです。

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はじめまして。第1話 私がうつになったわけ。

 はじめまして、当ブログの管理人です。
 今年の五月に、重なったストレスの耐え切れず、激しい痛みを伴った胃潰瘍とともにうつ病になりました。そして今に至ります。

 最大のキッカケは、身勝手な元嫁の不貞と度重なる私への裏切りによる家出ででした。職場、家庭などなどのストレスが一気に私に襲い掛かったのです。

 5月19日に義祖母が亡くなり、ただでさえ非常識な元嫁一族は、何もできず私と私の家族がお葬式の段取りをしました。私は、義祖母の宗派や檀家だったお寺を当てもなくやっと調べ、近くの同じ宗派のお寺の手配、枕行や通夜の準備をしました。
 
 私は、その時5月1日に職場の人事異動があり、優秀だった上司は優秀な方だけど他の係と兼務の人に代わり、仕事場一番の問題児と呼ばれる職員と机を並べることとなりました。

 上司は、私の能力を良く見ていてくれた方でしたので、私がいれば安心という気持ちもあったのでしょうが、問題の職員は今でこそ仕事していますが、まったく働こうとしない気配でこれからが不安でしょうがない時期でしたし、忙しさが増して行く時期でもあり、ストレスの極限でしたが家族のためにがんばろうとしていました。

 そんな折に義祖母の死、そして事件は起こって行くのです。

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